『正書法のない日本語』

ふとその気になって積読から1冊引っ張り出してきた。『万葉集』の万葉仮名から明治期の『言海』や夏目漱石福沢諭吉に至るまで、漢字、平仮名、片仮名を駆使して日本語がどのように成立してきているのか、たいへん勉強になる本なのだった。「明治期の日本語が、『日本語の歴史』として語られるように、なりつつある。」のだそうだ。「言語を文字化する」というのは奥の深い問題だ。と、私はそもそも正書法とは何かに対する理解が足りないのだけど。

この本の筆者は、現代日本語の「唯一表記への強い指向」について柔軟であってもよいと述べていたりするが、共感できるところとできないところがあるのは、職業病なのかも知れない。ある程度の揺らぎは許容するし、書き手の好みは認めるべきだとも思っているし、言葉の変化に敏感でありたいとはいえ、どうも好きになれない文章に出合うと、むむむとなってしまう今日この頃なのだった。