『国家』『開かれた社会とその敵 第一巻』『PLURALITY』

読書会の課題図書だったプラトンの『国家』。まさかこの本を手に取ることになるとは、と自分でも思ってみたり、読書家さんから個性的な選書ですね、と指摘されたりしたが、私が参加させてもらっているのはそういう読書会なのだった。ついていけるか不安だったので、上巻はノートにメモをとりながらゆっくり読んだ。古典中の古典を読んでみるのは私には悪くない経験のようで、日頃漠然と考えてきた素朴の疑問を自分なりに再認識するよい機会となった。曖昧な国家観しか持ち合わせていない私ではあるが、結果的に自分の素朴な疑問にはさらに疑問が付け加わるようになった。

読書会のメンバーには『国家』の評価はあまり高くなくて、プラトン批判の本として紹介されたのがカール・ポパーの『開かれた社会とその敵』だった。全二巻四分冊のうち、とりあえず第一巻上下二冊を読み切った。プラトンを評価するが故にプラトンを批判するというポパーの立場はよく理解できる。一方で、私にはよくわからないところも多くて、もっと時間をかけて読み込まなければいけないのだろうという感じ。第二巻はヘーゲル批判なのだそうだが、ちょっと時間をおいて取り組むようにしたい。

『国家』が選書される過程でちょっと話題に上がったのが、オードリー・タンの『PLURARITY』。届いたときにその厚さにびっくりしたのだけど、頑張って読み通してみた。彼の主張はなんとなくわかるとはいえ、テクノロジーへの信頼度が高い私にも少し楽観的な気もする。もちろん、この本の主張のようになればいいのにとは思った。気になったのは、あげられている参考文献に未邦訳のタイトルが多いように感じられたこと。少し前なら翻訳書として積極的に紹介されていたかもしれない。個人的に注目したのは、取り上げられていた「クアドラテック投票」という投票システム。納得がいかないこともある現在の民主主義を解決する方法の一つではないかと思った。

わからなくなったことの方が多い今回の読書会だったが、民主主義について改めて考えてみるよい機会になったと思われる。