『文豪と犬と猫』

市川ブックフェスティバルで見つけて入手した本。犬と猫、動物という切り口からみた文豪たちを語り合った往復書簡。読んだこともある作家もいれば、作品を読んではいない作家も登場し、自分には見えていなかった面をたくさん知ることになった。読んでみたいと思ったタイトルが何冊もあったり。著者の一人、宮崎さんの愛犬はノーフォークテリアだそうで、親近感がわく。

著者によれば、犬派か猫派を分けるものの一つは飼い主の性格によるかもしれないとのこと。犬好きの性格は陰性、猫好きの性格は陽性の傾向があるらしい。自らを振り返ってみると、確かに私には陰性が強いかも。といっても、私は猫にも犬にも縁があって、動物好きの傾向は人一倍強いのかもしれない。

こういう本に出合えるのがイベントに足を運ぶ理由になりそう。

 

『カント哲学の核心』『古代オリエントの宗教』

読書会の課題図書たち。忙しくて欠席しがちとはいえ、読むだけは読んでいる。

『カント哲学の核心』はカントの『プロゴレーメナ』を読む導入として手に取った。このときのお題はカントだったのだけど、『純粋理性批判』はきちんと読んでいないし、課題図書となったその手引書としての『プロゴレーメナ』を通読するのも私にはハードルが高い。この本がまとめてくれているポイントのおかげでとっかかりを少しだけつかめた気がする。カントを読了したと言えるようになるようになるには時間が必要。いずれきちんと取り組みましょう。

もう一冊は、『古代オリエントの宗教』。読書会の選書は時にとても手強い。「聖書ストーリー」がどのように確立してきたのか、体系的にまとめられている。読み進めるのに苦労したのだけど、千年という時間をかけて続編が存在しない物語が完成したことは理解できた気がする。宗教という装置のあり方について私なりに思うところはあったりする。この本の前提になっているグノーシス主義というのを自分なりに理解するにはもう少し勉強する必要がありそう。

 

『カフェーの帰り道』

昨年からなんか余裕のない感じでサボり癖がついていたので、ここのところ読んでいた本を記録しておく。

『カフェーの帰り道』は書店で見つけたもの。カフェーをめぐる女性たちの物語にふれていたら、最近になって少しずつ聞こえてくる若かりしころの母親の生活がオーバーラップした。あまり話したくないそうなのは生きてきた時代のせいかと。

素敵な本でした。

 

『僕には鳥の言葉がわかる』

友人とのおしゃべりの中で出てきて、そういえば読んでいないなと入手してみた。あっという間に読了。話題になるにはそれなりの理由があることがよくわかった。

『シートン動物記』を子供のころに読んでいて、オオカミとカラスの話がとても好きだったのだけど、特にカラスのストーリーが心に残っている。今でもカラスの鳴き声を聞くと、無意識に「何を話しているのかな」と聞き耳を立ててしまったりする。

シジュウカラの鳴き声を追いかけ続けて、文を組み立てているところまでわかるようになったのはなんかすごい。私にはとてもまねできない根気と考察力には憧れるばかりだ。わんことの散歩の道すがら鳥の鳴き声に注意を向けるようにはなっていたりする。

面白かった。

 

『AIと生きる』

『数学ガール』シリーズの結城さんの新刊を読んでみた。と、すべてを読んでいるわけではないのだけど。

AIをめぐる素敵な話。登場人物たちのような触れ合いはしていないのだけど、私の付き合い方はどうやら間違っていないようだ。実際、生成AIのおかけでこれまでできなかったプログラムを作れるようになったりしていて、コンピュータとの付き合い方も少し変わった気がする。

言葉の使い方に違和感があるところもあったりするが、著者の個性と今どきの若い人たちの雰囲気がそのようなものだと理解しよう。