『三体 II』

楽しみにしていた三部作の第2部。怒涛の展開を楽しんだ。第3部が待ち遠しい。

詳しい人がいろいろ解説を加えてくれるのだろうけれど、私の心にいちばん残ったのは、長い冬眠から目が覚めて視力回復処置を受けたとしても、眼鏡をかけていた人は眼鏡がないとしっくりこないというくだりだった。とてもしっくりくるエピソード。

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『Pythonで学び直す高校数学』

数学の理解力を少しでも底上げしたい昨今、とりあえずどこまでついていけるか確認するために入手してみた。「文系プログラマーのための」とあるし、ちょうどいいかもと思った次第。私が通っていた高校はいわゆる文系コースでも数学は必修だったので、こんなことやったなと錆びついた脳に鞭をいれつつ、行列、ベクトル、微分積分とプログラムをなぞりながら1つ1つ学び直していった。グラフを手書きしてみたり、検算し直してみたりと、ノートに手書きしている時間が多かったわけだけど。

ちょっと残念なのは組版。タイトルに数学といれるなら、もっと丁寧に作ってほしかった。

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『平家物語』

Eテレの「100分 de 名著」のアンコール放送を見て通読してみたくなり、河出書房の現代語訳で読んでみた。登場人物の数に翻弄されながらも、自分の記憶違いをあれこれ修正することになった。随所で歌舞伎を観ているような感覚になったりして、原本のもつ調子、リズム感が感じられる素敵な現代語訳になっていると思う。

物語にゆかりのある土地や自社仏閣をそれなりに歩いていたりするので、その雰囲気を思い出しながら読み進めていた。まだ足を運んでいないところも多く、私的行きたい場所リストが大幅に更新されることになった。

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法隆寺金堂壁画と百済観音(の図録)

東京国立博物館で開催予定だった「法隆寺金堂壁画と百済観音」。残念ながら開催中止となってしまったのだけれど、個人的にとても行ってみたい企画展だったので、図録を入手してみた。焼損してしまった金堂壁画の雰囲気を少しでも感じられれば、という感じ。法隆寺百済観音には実物にお目にかかりたかった。

見仏もお寺巡りも大好きな私。ふらっと出かけてみたいものだ。

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神保町「酔の助」閉店という話

神保町の居酒屋「酔の助」が閉店するというニュースが私の周りをざわつかせている。駿河台、神保町に拠点をかまえたことがある人であれば、多かれ少なかれお世話になったお店だと思う。

というわけで、私は私なりに酔の助のことを思い出しておくことにする。

大学生の4年間、その後新卒で働いた会社で2年ほど、私は人生の6年ほどを神保町周辺で過ごした。その後も、年に数回は飲みに行っていると思うので、自分の年齢を考えると付き合いはそれなりに長かったことになる。

サークルに入って新歓コンパというに参加して、これが大学というところなのかというのを理解したのがデビューだったと記憶している。2階のゲームセンターに1階の酔の助、その後、諸先輩、親友、悪友たちとともに何度通ったのかはわからない。○○禁止の貼り紙を横目に迷惑をかけたことも何度かあったと思う。仲間内の数々の事件が起こったことも忘れられない思い出だ。あの事件はあの辺りの席だった、と地図を描けるくらいだ。

その後、縁あって神保町の会社で働くことになり、同じ日に内定をいただいた同期との最初の飲み会もこのお店だったし、同期や先輩たちとあれこれやらかしたこともあったような。サークルの後輩と会社の同僚と同じ席を囲んだこともあった。

転職後の同僚から「神保町臭い人種」とdisられることもあるわけだけど、その匂いを私につけた(私を育てた)場所の1つが酔の助という居酒屋だったわけだ。

私の属する集団はみんなここが大好きで、神保町を離れたあとも、ことあるごとに集合していた。ちょうど「酔の助で飲もうぜ」というメッセージをやりとりした直後に自粛騒ぎとなり、次の機会は得られそうにないのは残念だ。私個人としては、せっかく神保町で飲むのであれば聖地巡礼をしましょうと、地元の呑み友だちを連れて兵六と酔の助を紹介できたのが最後の思い出となってよかった。

先日、神保町に出かけた折に移転後の伊峡を偶然見つけて喜んだわけだけど、神保町の姿も徐々に確実に変わっていくのだな、と感慨深い。 

写真をめくってみたらありし日の酔の助が出てきた。

お世話になりました。ありがとうございました。

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『猫を棄てる』

(たいへんありがたいけれどいまさらね、という感想をもちつつも)マスクといっしょに本日届いた本(写真に意味はない)。

見つかったときには手の施しようのない癌を患っていて、延命手術で医者の宣告よりは半年ほど長生きした自分の父親を思い出しながら読むことになった。ちょっと複雑な環境で育ったこともあり、私の父親の性格は昭和の頑固者に磨きをかけたような特徴をもつものだった。父親は、自分の父親(私の祖父)がどういう人だったのか、私にはけっきょく明かすことなく他界したので、実は私は自分のルーツを正確に理解していない。その割に長男である私はいわゆる本家筋から変な圧力を受けることが多く、父親はもとより親戚筋との関係をうまく築くことをとうとうできていない。外交やら政治やら医療やら、家柄が透けてくる人たちを目にすると強烈なコンプレックスを感じる根源的な理由の一つにはそういう背景があったりする。その契機になったのは、「自分の家の家系図を書け」という小学生時代の課題だった。そういえば。

「自分がルールブックだ」という絵に描いたような昭和生まれの職人だった父親の方から話しかけてきたことといえば、浮気による家庭崩壊危機と家業継承問題、それから妹の同棲問題くらいだったような気がする。けっきょく我が家は崩壊しなかったし、私は家業を継承しなかったし、妹は同棲を実現させた。父親には不満が残ったかも知れないが、それなりにところに落ち着いたのではないか。

とかなんとか、いろいろ自分の記憶を辿ってみるのはなかなか面白いな、ということを思った本だった。基本的に犬派の我が家だが、そういえば猫を飼っていたこともあったな、というのも思い出してみたりした。

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『クロード・シャノン 情報時代を発明した男』

今日の情報化社会の立役者の一人として欠かせないクロード・シャノンの評伝を読んでみた。シャノンがキーパーソンの一人として登場する本を途中まで読んで放置していたりして、あまり知らなかった人物像をちょっとは理解できたかもしれない。孤高の数学者として紹介されているけれど、機械いじりが好きな洒落っ気の強い人だったということがよくわかった。アラン・チューリングとの交流があったり、チェスを指す機械や思考する機会を研究したりする一方で、ジャグリングの定理に興味をもったりと、とても魅力的な人だったらしい。いわゆるど文系の私なのだけれど、ブール代数についてもっと勉強しなければというタイミングだったので、やる気を出すにはちょうどよいタイミングで読んだかもしれない。昨今の本にありがちな数式組版の中途半端さがちょっと残念だった。

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